福岡高等裁判所 昭和33年(う)703号 判決 1958年12月19日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
但し、本裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。
原審証人小崎敏雄、同馬原義盛、同前鶴勝馬に支給した費用、及び当審訴訟費用は、被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、記録に編綴されている弁護人楠本昇三提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
同控訴趣旨第一点(訴訟手続の法令違反並びに審理不尽)について。
本件記録によれば、原審第一回公判(昭和三十二年十月八日)において、被告人並びにその弁護人篠原一男から所論の証拠すなわち後藤一利の司法警察員(昭和三十二年九月十四日附及び同月十六日附)、検察官に対する各供述調書、原審相被告人工藤猪次郎の司法警察員(同月十五日附並びに同月十六日附)、及び検察官に対する各供述調書、被告人の司法警察員(五通)、検察官に対する各自供調書の取り調べ請求に対し同意する旨の陳述がなされ、その証拠調べ手続が履行されたのであるが、前記弁護人篠原一男は昭和三十三年四月三日附弁護人辞任届を提出し、同日附で弁護人楠本昇三の選任届がなされ、原審第四回公判(同年四月二十四日)における裁判官の構成異動による審理更新手続に際し右弁護人から前掲後藤一利並びに原審相被告人工藤猪次郎の司法警察員、検察官に対する各供述調書の取り調べに関し先になされた同意の陳述は錯誤に基づくものであるからこれを撤回し、改めて不同意とする、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書に関してはその任意性を争う旨の各陳述がなされ、証人高原豊丸、同那須美男、同中村徹、同後藤信子、同浜村重光、同世良完介の各尋問並びに現場検証の証拠申請がなされたのであるが、右新たな証拠申請はいずれも却下され、第五回公判(同年五月八日)において先に採用されていた証人工藤惟茂の取り調べを完了して、弁論終結に及んだものであることは所論のとおりであるところ、斯る場合、前掲証拠書類の取り調べに関しなされた先の同意の如き手続形成行為については、その撤回を許すべきであるのに拘らずこれを許可せず、又新たな証拠調べの請求も許容しなかつたのは、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があると主張する。しかし、訴訟行為はその確実性並びに迅速性の要請に鑑みみだりにこれが撤回は許されないのであつて、証拠書類の取り調べに関し為された同意についてもその撤回を許容するか否かは、一に裁判所の裁量に委ねられているものといわねばならず、一旦適法な同意のもとに取り調べを完了している以上、裁判所がその必要なしとして右証拠の排除決定をしない限り、証拠能力に何等の支障を及ぼすものではないと解すべきで、このことは審理更新の場合と雖も同様であるといわねばならない。従つて既に訴訟手続が必要な証拠調べを一応完了したと思料される段階にまで進展している場合、新たな証拠申請があつても、その採否は一に裁判所の裁量に俟つべきで、これを許容しなかつたからといつて、直ちに訴訟手続に所論のような法令違反の瑕疵があるということはできないのみならず、原審の右裁量権の行使に関し違法不当な点は何等発見されない。
そして、原審においては前記第一回公判後、昭和三十三年一月十五日現場検証、同日証人田上義親外二名の証人尋問を行い更に前記第五回公判に至るまでの間、犯行の成否はもとより犯情上必要な関係証拠の取り調べを完了しているのであつて、原審訴訟手続に所論のような審理を尽さない点のある事跡も亦、記録を精査しても発見することができない。従つて論旨は、いずれも採用の限りでない。
同控訴趣意第二点(事実誤認)について。
被告人は、原審第一回公判において原判示被害者を野球用バツトで殴打した旨自認しているのであるが、右自白は原審相被告人工藤猪次郎庇護の事前打合せにもとずく虚偽の自白であり、更に被告人の実父後藤一利の司法警察員、検察官に対する前掲各供述調書、原審相被告人の司法警察員、検察官に対する前掲各供述調書も亦、前同趣旨のもとになされた虚偽の内容を含んでいるのであつて、原審検証以後被告人は第一回公判における自白をひるがえし、被害者殴打の事実を否認しており、本件事案の真相は被告人殴打による傷害致死でないのは勿論、原審相被告人との共謀による共同犯行でもないのに、前掲虚偽の証拠により原判示のような事実誤認の認定がなされるに至つたと主張するのである。しかし、原審検証調書の記載によれば、被告人は所携の野球用バツトで原審相被告人と共に被害者を殴打した旨自供する一方、原審相被告人がひどく叩き道路に上るのは一緒であつたと供述しているのに対し、右原審相被告人は、被告人が懐中電灯で被害者がここに死んだふりをしているといつて照らしてくれたので、被害者の所在を知り、所携の草刈鎌の頭の処で地面に俯伏せに這つている被害者の背中の処を二、三回叩いた、自分が叩くときは、被告人は懐中電灯を消してポケツトに入れて立つて見ていた、更に道の方に上つて行く途中、後で被害者を叩くような音が三、四回聞えた、道路の方に上つたのは被告人よりも自分の方が早かつた旨供述しているのであつて、他の原判示関係証拠と相俟つて、原判示事実は優にこれを肯認することができ、当審証拠調べの結果によつても、右認定を覆えすに足る資料は遂に発見することができない。従つて、原審証拠の取捨選択価値判断に誤りはないのみならず、原判示認定はまことに正当であるといわねばならず、論旨は到底採用に値しない。
同控訴趣意第三点(量刑不当)について。
本件犯行の動機に関しては、原判決に詳細に説示されているとおりであつて、その大半は被害者が自ら招いた禍であるといわねばならない。一方被告人が原審公判途中からその供述をひるがえし、自己の刑事責任回避の態度を採つている点、改悛の情において誠に遺憾であるといわねばならないが、被告人は工藤惟茂の養子として大工の定職を以て自立しており、再犯の虞れはないものと思料され被害者側との間にも慰藉料六万円の支払が前記養父並びに原審相被告人養父工藤重清両名(半額宛負担)によつて完了されていること、原審相被告人に対しては懲役一年、執行猶予三年の原判決が確定していることなど、諸般の情状を参酌すれば被告人に対する懲役三年の実刑はその量刑稍重きに失するものといわねばならない。従つて原判決はこの点において破棄を免れず、論旨は理由がある。
そこで、当裁判所は刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条但書に則り直ちに破棄自判することとし、原審確定の事実に刑法第二百五条第一項、第六十条、第二十五条を適用して被告人を懲役三年に処すると共に三年間その執行を猶予することとし、原審訴訟費用の一部、当審訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り被告人をして負担せしめることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田惟一 裁判官 厚地政信 中島武雄)